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チュニジアの中庭へ　コリーヌ・カンタン（街日和）

　旅先の見知らぬ土地で「ここなら暮らせるかもしれない」という思いが湧（わ）くことは誰にでもあるだろう。私にとって、その場所はチュニジアの小さな街、シディ・ブ・サイドだった。

　チュニジアへ最初に旅行したのは１９８８年。その時は首都のチュニスに滞在し、シディ・ブ・サイドは通過しただけだった。だが、この小さな街に私は強く惹（ひ）かれ、またチュニジアに来たらカルタゴ空港から直接ここに来るべきだと思った。そして次の年は、空港からタクシーに乗り、直（す）ぐにシディ・ブ・サイドへ向かったのである。日が傾き、暑い一日の後に残る熱気と、夜の涼しい風とが少しずつ混ざり合いはじめるのを感じながら走っていると、パリからたった二時間半なのに、まったくの別世界に入ったようで嬉（うれ）しかった。

　タクシーでは石畳や階段ばかりの路地の奧まで行けないため、車から降りて、ホテルを目指す。イチジクとジャスミンの優しい香りが鼻をくすぐる。真っ白く塗られた壁に、明るい青、チュニジアン・ブルーのペンキを塗った厚い木のドアや雨戸、その青いドアには黒い大きな鋲（びょう）や金具が模様のように刺してある。曲げられた鉄や木の組み合わせでできた張り出し格子窓。「とうとう着いた」という気持ちがますます強くなり、興奮気味になる。街の真ん中にある坂道の両脇に、お菓子屋や、ショール、毛布、ダルブカという小太鼓を売る小さな土産物屋が並んでいるが、午後五時に最後の観光客を見送った後は、次々にシャッターを下ろしはじめている。街は急に、不思議で気持ちの良い静けさの中に落ちてゆく。この時間に合わせて到着したのは正解だった。

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　坂の頂上に鎮座している、映画の舞台にもなった有名なカフェ・デ・ナットは横目で眺め、元高級官吏の屋敷だったホテル・ダル・サイッドへ。どっしりとした白い壁に両側から挟まれた、まるで迷路のような路地から、建物の門をくぐり中庭に入った時に感じる、外と内の極端なコントラスト。その一瞬の衝撃が私は大好きである。禁欲的とも感じられる外の路地に対して、中庭の大きな四角い空間は、強い太陽光線をさえぎるフィルターのような植物の濃い緑に覆われ、ハイビスカス、ブーゲンビレア、マルバアサガオなどの可憐（かれん）な花に覆われた東屋や、真ん中に小さく音を立てる噴水など、平和で、くつろぎの気分に溢（あふ）れている。

　こんな美しい中庭が、この街のすべての家々に隠されてあるのだろう。

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　ホテルに荷物を降ろしたら、すぐに岬の端の、広い海を見下ろすもうひとつのカフェ、ダル・ザルックへ。暮れ始めた空の下、テラスに坐（すわ）り、チュニスから来ている若いカップルや、おしゃべりな男女のグループに囲まれ、所々フランス語の単語が混じったアラビア語の賑（にぎ）やかな会話を聞きながら、松の実が浮く甘〜いミントティーをちびちび味わって飲んでいると、また「ああ、シディ・ブ・サイドに着いた」という実感がわき上がってきて嬉しくなる。

　ガイドブックによれば、１９１２年に、この村に魅せられたフランス人の貴族が、村全体を歴史的記念地域として指定したらしい。それはほんとうに良いことだった！　その人のおかげで、今でも街中の伝統的な建築は保存され、チュニジアの他の地域では見られない程の美しさを保つところとなっているのだから。

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　ここには過去、数多くのフランス人、特に作家たちが滞在した。ジッド、カミュ、フーコー。この街に家を持てたら、涼しい中庭で、さぞかしゆっくり仕事ができることだろう。私の記憶の底から、この街に対しての懐かしさがわき上がり、肌のすぐ下にまで溢（あふ）れてきそうになるのは、私が４歳までアルジェリアに住んでいたせいだろうか。

　シディ・ブ・サイドに暮らすという私の妄想は、それから１５年たっても実現しそうもないが、すべてを忘れてあの中庭の安らぎに浸りたい、という気持ちは、今でも時々胸に湧いてくる。

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　Ｃｏｒｉｎｎｅ　Ｑｕｅｎｔｉｎ　フランス著作権事務所代表　５９年仏生まれ。日仏の文学交流のほか、批評もする。５人の作家の短編集「東京小説」（角川文庫）の編集、仏訳など。