◆バリの忘れられない夕食◆

　5年ほど前、バリ島旅行のある日、クタビーチのレストラン「xxxx2000」に行った。xxxxの部分は忘れてしまったが、ガイドブックにも載っている観光客向けの有名なレストランだった。
　まだ、日も暮れてなく晴れた綺麗な夕方で、屋内ではなく中庭のテーブルに席をとった。真上に見える雲はだんだん色が付いていく。昼の暑さも和らぎ過ごしやすい。屋内と違って中庭はすいていた。私たちとあと一組だけだ。そこの5歳くらいの子どもがテーブルの間を駆け回って遊んでいるが、うるさいくはない。飼われている犬は寝ているし、のどかなレストランだ。

　まず頼んだのは、ビールと「サテ」というインドネシア風の焼き鳥、あと一品前菜を頼んだ。メインのカレーは、これを食べ終わってからにしよう。しばらく経ってやって来た皿の上には、サテが5、6串、サンバルソースの入った小皿とサラダ、サフランライスが乗っている。これだけでかなりお腹がいっぱいになりそうな量だ。
　サンバルソースにサテを付けて食べる。すごく美味しいレベルではないけど合格点かな。サテが一番美味しかったのは屋台。小さい肉を炭火で焼いて紙で包みビニール袋に入れてくれる。でも、屋台の立ち食いで夕食というわけにもいかないし、ビールも飲めない。やはりこっちのほうがいい。

　話をしながらゆっくり食べていると、日暮れとともにだんだんあたりが暗くなっていく。まだ時間も早いし、ホテルまでは歩いて10分くらい。急ぐ必要はまったくないし、のんびりとした夕食だ。中庭を照らすライトはあるけど、ほの暗い感じだ。蚊がちょっと多く、少し喰われてしまったけど、屋外ゆえの気持ちの良さがある。そろそろ追加のカレーをオーダーしようかな、、、。
　突然、サテの皿の上のサンバルソースの小皿が、「カタカタカタ・・」と音を立てた。
　「えっ！？」、目の前に座る家内と顔を見合わせた。別にテーブルを揺らしたわけでもない、風も吹いていないし、皿の上の小皿が鳴るような動きはない。変なことだ。屋外のレストランだし、上を見ても暗くなりかけた空があるだけだ、、、。

　「なんだろう、変だね」と話し、残っているサテを食べようとしたときに気付いた。皿の上にある肉の固まりは、さっきまではなかったような気がする。ちょうど親指くらいの大きさだ。
　が、良く見ると肉ではない、なんと乾燥した動物の糞のようでである。もうだいぶ乾燥して臭いもしないけど、絶対に間違いない。二人でその結論に達したとき、しばし見つめ合った。「なんで・・・」

　もう二人ともまったく食欲がなくなり、その皿にはまったく手を付けず、勘定を頼んだ。半分以上残った皿を見て、ウェイターはむっとした顔をしたけどしょうがない。店を出ると家内が、「ごめんなさい」と謝る。たしかにこの店に決めたのは彼女だが、これはあなたの責任ではないだろう。

　でもなぜこんなことになったのか。なにかが落ちてくる天井もなにもないのだ。そばには誰もいなかった。いや、走り回っていた子どもがたった一人だけだ。でも、あの子がそんなもの投げたとは考えられない。もしそんなことしたら、向かい合っている私たちのどちらかは気付いたはずだ。
　なんでこんなことが起きたのだろう。ウェイターが料理を運んできたときから乗っていいたのだろうか。いや、おそらく乗っていなかったような気がするし、そんなことを観光客向けの店がしたら死活問題だ。そう、サンバルソースの小皿が鳴ったことと関係があるに違いない。


　さんざん考え抜いて出てきた結論、おそらく唯一の正解はこうだ。中庭には犬もいて糞も転がっていたのだろう。こういうレストランではよくあることだ。
　その転がっている糞が走り回る子どものサンダルにくっつき、パタパタ走り回っているときに跳ね飛んた。そして、偶然私たちのお皿にジャストインしたのだ。怖ろしく偶然な話だが、他の可能性はまったくない。

　食欲をなくした私たちは、重い足取りでホテルに帰り軽く飲んだ。不幸な夕食で二人とも悲しい気分だった。
　しかし、飲んで二人で話をしていて、私たちはまだ「不幸中の幸い」であったとことに気付いた。
　もし、サンバルソースの小皿が音を立てなかったら、そして完全に闇が降りレストランがもっと暗かったら、、、もしそうだったら、糞をそれと見分けることができず、さらに大きな悲劇につながっていた。

　おそらくこの日の食事を、私たち二人、死ぬまで忘れ去ることはできないだろう。

<2002/02/06記述>